塚田朋子『ファッション・ブランドの起源―ポワレとシャネルとマーケティング―』雄山閣、2005年これまで、経営史において服飾を扱った研究、特にブランド研究がほとんど皆無であった(見向きもされなかった)点は、この本の著者が強く指摘している。服飾史では服飾のデザイナーが評価されることが多いが、経営面で彼ら・彼女らが論じられることはほとんどなかった。
その意味で、本書は、
これまで断片的にしか知られてこなかったファッション・ブランドの経営戦略を大きく捉える手助けとなる。19世紀のウォルトの登場と社会的背景はもちろんのこと、彼の経営手腕にまで深く立ち入っており、後続のポワレ、シャネルへとブランド史の定番に即し、徹底してマーケティングにこだわった詳細な本となっている。
手による本縫いは注文服に限定されたという印象は、ヨーロッパの服飾史を調べると思わず先入観をもってしまうような本が多い。洋裁の場合、おそらく圧倒的にミシンというハード面を伴ったというのが、私見として考えているところである。
ただし、この点に関して漠然としたイメージすら示す研究が少ない。その理由の一つには、1911年に成立したパリ・オートクチュール組合の参加デザイナーたちが、採寸後の仮縫いから立体裁断を経て本縫いへ向かう工程において「手」を利用したという印象を付与する意図が存在していると思われ、ミシン縫いの利用を隠していたのではないかという疑問を感じる。しかし、その根拠は明確ではない。
さて、19世紀後半には、シンガー社が既にフランスにも販売していたようであるが、塚田の本書によると、そのままアメリカ合衆国の既製服がヨーロッパを征服したとみる見解には一定の留保が必要なようである。ただし、塚田は、上記と同じ疑問を次のように呈している。
本物のファッション・リーダーへの'羨望'がある限り、既製服では'ない'ように見せる努力は止むことがない(実際今日も続く)。ミシンが登場しているのにスーツは伝統的な手縫いに見えるよう縫製され、合成繊維が発明されても、天然繊維に見えるよう用いられ、縫いつけられていて実際には開かない、既製のスーツの袖口(切羽:sham opening)の見せかけのボタンは今日も消えない。(塚田、前掲書、309ページ)
しかし、このように、衣服生産における手と機械との区別の重要性に気づいている塚田自身も、索引においてミュール紡績機を掲載する一方で、ミシンは挙げていない点が衣服生産の分析における先入観が存在する証左だと考えられる。前掲書は、欧米衣服史における機械導入にも目を配りつつ、オートクチュールの創始者たちの経営展開を描写しているが、創始者たちがミシンの利用を公表していない点について以下のように記すことで実態に迫っていない、すなわち、
過去に起こった総ての出来事を記述することは不可能であるから、歴史は程度の差はあっても、ある特定の視点から、特定の出来事を抽象し、時間の流れを整序して語る物語とならざるを得ない。そのとき一般的に、伝統的な歴史学において'事実を証明するもの'として重視されるのは'文書として残る証拠'であった。しかしそれらにしても、書き残すべきものと認定され書かれた時点で、整序されたデータにすぎない。これに対して、ファッションは'見ることができる歴史'である。(同、309ページ)
一つ難点をいえば、概念規定や歴史観が荒い。たとえば、ブランド衣料品を無前提に「芸術」と規定していること、プレタポルテを単に「既製服」と同義に捉えていること、20世紀における既製服の登場とともに「民族衣装」が駆逐されたと捉えること、等々である。
上記3点に関して簡単に触れておこう。
まず、トップブランドのデザイナーによってデザインされた衣料品が芸術作品であるという断定については、「既製服」や「コピー」の問題を避けて通ることはできず、その点の吟味も甘いといわざるを得ない。また、そのデザイナー以外の人たちによるデザインないしは衣料品もまた芸術作品と呼ぶことができるのか、等の判断基準を明確にしているわけでもない。いずれにせよ、社会科学という学問分野が「芸術」に関する評価を下すに相応しい分析用語を備えていないことを考慮すれば、マーケティング分析においても「芸術」をどのように捉えるかという吟味は繰り返し必要であろう。
次に、プレタポルテを「既製服」と同義に使っている点だが、まず、プレタポルテというフランス語は「高級既製服」と邦訳されてきた経緯がある。いうまでもなくこの邦訳には既製服の「品質」まで含まれているのであって、単に「注文生産ではない服」という意味での既製服を指すわけではない。また、サンディカ主催のいわゆるパリ・コレクションのプレタポルテ部門でGAPのジーンズが出ているわけでもない。オートクチュール、注文服、仕立服、既製服、大量生産品といった種々の製造用語・作成用語の整理が必要であろう。
最後に、既製服の登場とともに「民族衣装」が駆逐されたという歴史観にも苦言を呈したい。この捉え方では、あたかも既製服が登場する前に「民族衣装」が存在したかのようである。それまで存在した「衣装」は、むしろ各地の慣習を如実に反映した衣料に過ぎず、それを地域別に分け標準化させる発想こそが「民族衣装」という言葉として表現されるのであって、「民族衣装」というものは、既製服登場以後の話だと考えるべきである。さらに、既製服自体に民族性がないかのように考える下りもあったが、デザインやステッチなどに諸国特有の柄や縫い方がみられることも多い。[固有→既製・一般]という時系列的な展開ロジックを簡単に考えないことが大切である。
塚田朋子『ファッション・ブランドの起源―ポワレとシャネルとマーケティング―』雄山閣、2005年