ル・コルビュジエの勇気ある住宅
本書の概要・感想
安藤忠雄『ル・コルビュジエの勇気ある住宅』新潮社、2004年
筆者の安藤忠雄は、1941年生まれの建築家。17歳のボクサーデビューの後、放浪の旅を経て、69年に事務所を設立。その後、イェール大学、コロンビア大学、ハーバード大学の客員教授を務め、97 - 2003年、東京大学教授(現在東京大学名誉教授)。
さて、20世紀の建築界の巨匠には3人の人物がいる。ミース・ファン・デル・ローエ(1886 - 1969)、フランク・ロイド・ライト(1867 - 1959)、ル・コルビュジエ(1887 - 1965)である。
筆者は、この3人の建築家を次のように特徴づけている。まず、現代都市の風景に最も影響を与えたのは、ミース・ファン・デル・ローエ。彼は、都心部でよく見られる全面ガラス張りの高層ビルを最初に発案した人として名高い。「フリードリヒ街のオフィスビル計画案」(1919年)がそれである。これには、鉄骨骨組構造が描かれており、これだと壁が外と内を仕切る皮膜、カーテン・ウォールのようなもので事足るため、耐重性のないガラスでも壁として利用できる。このような建築物で作られる空間を、ミース自身は「ユニヴァサル・スペース」と呼んだ。それは、完全な均質空間であり、人間の営為と切り離すことのできない歴史、風土、文化を否定するものでもあった。
これに対して、歴史や風土の感覚を失わずに、近代建築を作ったのが、フランク・ロイド・ライトである。彼の作品は、土着的建築、生物のように動く有機的建築、都市計画のスケールまで、多様な造形がみられる。しかし、有機的な密度が濃いため、後継者が現われず、一般的な建築物として作品を広めることができなかった。
3人のなかで、最も雄弁な建築家が、ル・コルビュジエだ。まず、彼は、家の構造を床と柱で支えるドミノ・システムを考案(1914年)。このシステムを、20年代のモダニズム草創期には、フリープラン(自由な平面構造)やピロティ(支柱)等の発想へ発展解消させた。ヴァルター・ベンヤミンが機能主義的で無機質なガラス建築の創始者としてミースと誤解したのが、この時期のコルビュジエである。コルビュジエは、自著の中で「住宅は住むための機械」だと断言している。さて、第2次世界大戦の空白期を経て、戦後は、コルビュジエ180度の方向転換を行ない、猛々しい作品が増える。代表作は「ロンシャンの礼拝堂」。筆者は、この作品を20世紀の傑作と評価している。
3人の建築家に対する筆者の略説は以上だが、本書では、ル・コルビュジエの人物像と、彼の建築が私たちの心を惹きつけてやまない理由に迫っている。さらに、住まいこそが建築の原点と認識する筆者は、人間の技術が高密度で詰まっている「住宅」を中心にル・コルビュジエの魅力を明らかにしている点、これまでとは違ったコルビュジエ像がみられそうである。
本書のキーワード
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