中国映画の明星(女優篇) - 于藍、劉暁慶、鞏俐、張曼玉
本書の概要・感想
石子順『中国映画の明星-女優篇-于藍、劉暁慶、鞏俐、張曼玉』平凡社、2003年
筆者の石子順は、1935年、京都生まれ。18歳まで中国で暮らしていた経験を活かし、映画評論や中国映画の字幕翻訳などで活躍している。
本書は、これまで日本で馴染みの少なかった中国の女優についての物語。日本で映画といえば、まずアメリカ映画が中心になっていて、その後、ヨーロッパ映画が続く。映画女優といえば金髪の女優を連想するのも無理はない。しかし、本書はそのような「先入観」を脱し、中国人の4人の女優論を思う存分発揮している。
約350ページある本書で取り上げた女優は、たったの4人。4人の女優の物語は、女優という側面だけでなく、女性としての苦しみ、悩み、愛憎、葛藤と蹉跌も汲み取って展開されている。中国の女優のなかでもひときわ輝いている4人の女神たちを、筆者のまとめに従って簡単に紹介しておこう。
于藍(ユイ・ラン)は、日中戦争と国内戦争の戦火から生まれた女優だ。劇映画を撮る必要に迫られてカメラの前に立ったそうである。1940年末から60年代半ばまで映画女優として活躍し、文化大革命で女優生命を奪われた。
劉暁慶(リュウ・シャオチン)は、文化大革命という大動乱から抜け出た女優で、窮乏生活と闘いながら女優となり、やがて実業家ともなった恋多き女優。70年代から90年代へと成功が続いたが、実業家としての副業が災いして、女優の道を踏み外す悲劇を招いた。
鞏俐(コン・リー)は、大学在学中に映画デビューしたラッキー・ガール。北方系の美貌と豊かなプロポーションを備え、旧中国に耐えながら生き、中国女性の苦痛と怒りを演じた作品が多く、国境を越えて共感をよんだ。彼女は、70年代末からブームとなり、中国映画の存在を世界に示した最初の強烈な女優だ。
張曼玉(マギー・チャン)は、香港のアイドルから女優になりきることのできた少数派。初期の作品では、努力する意地が特に光っているし、どれほど下らない役でも引き受けたことが、大女優への道を確実にした。
なお、張曼玉については、本書のための書き下ろし。他の3人の女優は、筆者がこれまで連載してきた新聞や雑誌を再構成したもので、一部書き下ろしを含む。張曼玉が出演した『HERO』(現代:英雄)までもフォローされているので、20世紀の大女優、21世紀の大女優双方を楽しむことができる。
著者略歴
石子順
1935年(昭和10)京都市生まれ。53年まで中国東北部に在住。61年東洋大学文学部卒業。映画評論の執筆、中国映画の字幕翻訳を手がける。その後手塚治虫の漫画に出会い漫画研究を始め、手塚氏と二十数年にわたって交際する。現在、和光大学教授、日本漫画家協会参与。『中国からの引揚げ―少年たちの記憶』(共著、ミナトレナトス)で第6回文化庁メディア芸術祭特別賞を受賞。
本書のキーワード
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