モードの帝国
本書の概要・感想
ファッションを通してみせたセクシュアリティ論、エロス論。筆者得意のフランス文学をはじめ、19世紀、20世紀の絵画、衣裳などにも言及し、さまざまな男女の性愛を「形式」によって検討した作品。
筆者は、エロスについて、心の現象以前に身体の形式の現象だと強調している。これまで論じられてきた男や女というものは、実態論に偏りすぎている嫌いがあり、身体の形式性(スタイル)を視野に入れてこなかったのが、筆者の不満である。そして、実体論的な性愛論は、ファッション全盛のこの時代感覚とは、大きくずれているというのが、彼女の認識だ。
また、世間では無数にファッション雑誌が存在し、イメージ資本主義とよばれる時代にあっても、モードという現象を、少しでもまともに捉えた性愛論は存在しない。それに、「女の時代」と言われ続けながら、女性をまともに位置づけた論が少ないのも現状だ。このような現状のもとで、イメージ論でもあり性愛論でもあるような本を読みたいという筆者の欲望は挫折し、自らそのような本を書かざるをえなかったというのが、本書の執筆動機。
本書では、「はじめに≪かたち≫ありき。」というスタンスで、ひたすら≪女≫が論じられている。18世紀後半以降、男は≪かたち≫やイメージから遠い存在となっており、誘惑性から遠い存在でもあった。つまり、男を論じるには、≪かたち≫から入るのが難しいのだ。その難しさは、筆者の『華やぐ男たちのために-性とモードの世紀末』に譲るとして、こちらでは、20世紀の全てを語るといっても言い過ぎではないシャネルについて、かなりの紙数が割かれている。そして、20世紀末の「男と女」の現在を「アフター・シャネル」という観点から確認されているのも面白い。
内容だが、創作・エッセイ、デザイナー・服飾史評伝、時評など、さまざまなトピックが登場するが、白黒の図版もふんだんに取り入れられていて、筆者の軽やかだがアクロバティックな話の運びを手伝っている。
本書の内容は以下のとおり。
モードの帝国-はじめにかえて 【I】空虚のエロス 【II】ファッション/誘惑ゲーム(ファッションのディスプロポーション、靴-フェティッシュの黄昏、モードとポルノのあやうい関係 【III】惑乱しに、とモードは言う 【IV】小物の物語り(香水/ブーケ/ボタン/手袋/マーガリン) 【V】シャネル-皆殺しの天使([I]失われた衣裳[II]無の勝利[III]アフター・シャネルへ)【VI】ドレスの涙 【あとがき】【図版出典一覧】

