欲望 : 写真は真実を語るのか? ゴダールとの接点から考える

(以下の記事は、ミケランジェロ・アントニオーニ監督『 欲望 』について、2006年頃に書いたものを再構成し、追記を記したものです。)

ミケランジェロ・アントニオーニ『欲望』イギリス、1966年

映画『欲望』の感想

『欲望』は、20歳の新進気鋭のカメラマンの日常にターゲットを絞り、1960年代ロンドンのポップカルチャーをとても暗く撮した作品です。半ば冗談ですが、この作品のなかで輝いていた唯一の場面は、ヴァネッサ・レッドグレイヴ(Vanessa Redgrave)の背中だけではないでしょうか!?

Blow-Up (c) 1966 Supplementary Material Compilation (c) Turner Entertainment Co.

ヴァネッサ・レッドグレイヴ(Vanessa Redgrave)in Blow-Up (c) 1966 Supplementary Material Compilation (c) Turner Entertainment Co.

ファッション雑誌の写真撮影ではピエール・カルダン(Pierre Cardin)やアンドレ・クレージュ(André Courrèges)を思わせる宇宙服を着たモデルがたくさん出てきて、観ている分には楽しいものです。しかし、主人公のカメラマンがモデルに対して接する立場は超越的で傲慢そのものだし、ジミー・ペイジとジェフ・ベックがダブル・ギタリストとして活躍した頃のヤードバーズのライブも後半に挿入されていますが、ライブ会場から一歩外へ出れば、それまでの熱狂が冷めるものとして挿入されているに過ぎません。もっとも、ジミー・ペイジが楽しそうにギターを弾いている傍らで、ジェフ・ベックが調子の悪いアンプにギターをぶつけて壊してしまう場面があり、その後の彼らを予言しているような貴重な映像も出てきますが。

 

Blow-Up (c) 1966 Supplementary Material Compilation (c) Turner Entertainment Co.

ヤードバーズ時代のジミー・ペイジ/Jimmy Page at Yardbirds in Blow-Up (c) 1966 Supplementary Material Compilation (c) Turner Entertainment Co.

アントニオーニの商業映画として知られるこの映画は、他の作品に比べてワンシーンの時間が短くなっていて批判の的となったようです。当時のロンドンの若者文化を象徴する場面がいくつも出てくるのに、いずれも陰鬱なイメージとして描かれているので、単に商業映画として片づけるのは勿体ないです。

この作品は当時のロンドンでは発禁まがいの経緯を持っています。ドラッグ・パーティの場面あり、3P一歩手前の場面あり…。でも映画のメッセージはそういう破廉恥な部分にあるのではなく、カメラマンが現像した写真が映し出す物、そして写真がなくなった場合に果たして言葉で説明することは可能か、あるいは、真実を伝えることができるのか、という問題を繰り返し提出しています。

映画『欲望』にみる写真 : 写真は真実を語るのか?~ゴダール作品との比較

この映画の良い点は「映像と言語」に書いた問題、つまり映像が真実を語るかに似た問題として、写真が真実を語るのかを問題提起した点にあります。ジャン=リュック・ゴダールの『彼女について私が知っている二、三の事柄』を思わせます。

欲望 Blow-Up (c) 1966 Supplementary Material Compilation (c) Turner Entertainment Co.

色んなマネキン/Mannequin in Blow-Up (c) 1966 Supplementary Material Compilation (c) Turner Entertainment Co.

前半は、ファッション・モデルやモデル志望の女の子に対するカメラマンの傍若無人な態度が執拗に繰り返されますが、偶然殺人事件を撮影していたことを知った瞬間から後半に移り、写真と真実との関係が語られ始めます。そして、写真が撮しだすイメージが「全てのこと」を語っている一面で、「真実」を語っていることにはならないというアントニオーニ独自の判定が下されます。彼によれば、真実とは見せかけ(仮象)の下に存在し、その下にはさらなる真実が存在します。そして、どんどん深く真実は潜っていきますが、結局のところ、それまでの真実が描ききられ分析された後に最終的な真実が出されるので、この映画は抽象絵画のような位置を占めています。アントニオーニは、写真がどこまで真実を語るかという問題だけでなく、その写真が失われたとき、どれほど真実というものは信用されるのだろうかという問題をぶつけてきますが、それに対する答はとても難しい。この映画でも、明快な解答は避けられています。

欲望 Blow-Up (c) 1966 Supplementary Material Compilation (c) Turner Entertainment Co.

ブロンド髪のジェーン・バーキンとブルネット髪のジリアン・ヒルズ/Jane Birkin as The Blonde and Gillian Hills as The Brunette in Blow-Up (c) 1966 Supplementary Material Compilation (c) Turner Entertainment Co.

欲望 : 追記(2017年1月)

10年ぶりくらいでミケランジェロ・アントニオーニの『欲望』を見ました。イギリス映画だからか、1960年代だからか、つい、フランス映画のジャン=リュック・ゴダール『彼女について私が知っている二、三の事柄』という長ったらしい作品を思い出します。特にロンドン市街のマンション建設ラッシュの映像が出てきて、ゴダールの映画と似ている点を確信しました。アントニオーニの『欲望』が1967年のイギリス・イタリア合作映画で、ジャン=リュック・ゴダールの『彼女について私が知っている二、三の事柄』が1966年のフランス・イタリア合作映画。いずれもイタリアを噛ましています。

欲望 Blow-Up (c) 1966 Supplementary Material Compilation (c) Turner Entertainment Co.

都市開発 in Blow-Up (c) 1966 Supplementary Material Compilation (c) Turner Entertainment Co.

60年代ポップ・カルチャーを示すといわれる本作ですが、60年代の軽快も退廃も、また女性の写し方や女性の化粧も、ゴダールの作品に分があります。本作は、David Baileyを模型とする有名な男性カメラマンが男尊女卑的に女性モデルたちに接するのが一つの柱となっており、女性が焦点を当てられることが無いので仕方がないかもしれません。といっても、次の場面のように撮影現場がたびたび登場してきて、当時の衣装がよく分かって楽しいことも確か。一番手前の女性のジャケットは2色で対照性を際立たせています。この配色と帽子の2つの丸(ゴーグル風)からアンドレ・クレージュを模したように思えます(ズボンなのでアンドレ・クレージュじゃないとも言えますが)。映画の前半に出てくるVeruschka von Lehndorff()、彼女は1960年代にツィギー(Twiggy)のライバルとされていたようです(アントニオ・マンチネッリ『ファッション・ボックス』292頁)。彼女の場面よりも、やはり後半の色取り取りの衣装が出てくる方が軽快です。

欲望 Blow-Up (c) 1966 Supplementary Material Compilation (c) Turner Entertainment Co.

1960年代ファッション/1960s Fashion in Blow-Up (c) 1966 Supplementary Material Compilation (c) Turner Entertainment Co.

欲望 : キャスト

ミケランジェロ・アントニオーニ『欲望』イギリス、1966年

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