ロラン・バルト モード論集

ロラン・バルト『ロラン・バルト モード論集』山田登世子訳、筑摩書房、2011年

大著『モードの体系』よりも噛み砕いてわかりやすい、ロラン・バルトの初期のモード論集です。シャネルとクレージュを対決させたエッセイ「シャネルvsクレージュ」は、歴史と未来との対決であったり、また伝統と変革のそれぞれ両義性として現れたりと、読み応えがありました。

一番気になったのは、「衣服の歴史と社会学」です。私自身、自分で衣服産業史と名付けた分野で研究を続けてきましたが、その過程で宙づりにしていた用語が、「服装」と「服飾」でした。「衣服」を物として扱うことは決めていたのですが、「服装」と「服飾」を厳密に自分へ定義づけていません。服装は着用衣服の組み合わせ、服飾は装飾品を加味したイメージで考えているだけです。

言語学者ソシュールのラングとパロールという二項対立に依拠し、バルトは服飾と服装を厳密に区分します。「個人から独立した本質的に社会的な制度的現実を想定するのは実に有益」(66ページ)だとして、この制度的現実を「服飾」とし、この与えられた現実の下で組織的・規範的に自分の装いを取り込む事態を「服装」と規定しています。その上で、服飾と服装の総体を衣服と名付けています。私が衣服を物として扱ったことと全く逆のような気がします。双方の見解の違いを吟味していくことが一つの課題として得られました。

服飾と服装という区分に基づくと、これまでの服飾史研究では、特に日本でなされるヨーロッパ服飾史研究(深井晃子とか)に顕著ですが、「服装」の絵図資料を写真で紹介した上で、それを指摘するさいに、社会現象や風俗的な叙述にズレて「服飾」を語ります(実際に語れているかはともかく)。バルトによると、服飾史研究は全て、このようなズレに捉われ、1970年頃でも迷走中であったということです。21世紀になっても、事情は全く変わっていません。

ロラン・バルト『ロラン・バルト モード論集』山田登世子訳、筑摩書房、2011年


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