東インド会社 : 紅茶、胡椒、綿、貿易に関心ある方は是非

本書 東インド会社 は、東方への憧憬を我が物にしようとするヨーロッパの動きの中で東インド会社が果たした役割をコンパクトにまとめた本です。

浅田實『東インド会社─巨大商業資本の盛衰―』講談社現代新書、1989年。

東インド会社の歴史は、グローバル時代に様々な形で教訓を与えました。近年までアジアの先進国という自負の裏側で、日本はヨーロッパへの憧憬をもってきました。しかし、17世紀頃までのヨーロッパはインドや中国にもっていました。

東インド会社の取り扱う貿易品目は、欧州諸国の同社設立時には香辛料(特に、胡椒=スパイス)でした。その点はハウス食品が分かりやすく説明しています〔歴史の中のスパイス(その1) | スパイスから世界が見える | ハウスの出張授業 | ハウス食品〕。本記事では下の地図を参照いたします。

ところが、本書『東インド会社』が記すように、17世紀後半に東インド会社の取扱品目の構成に変化が見られます。胡椒を始めとする香辛料が相対的に減少し、綿製品(棉花・綿糸・綿織物)の比重が一気に高まってきます。特にインドのカルカッタ地方で生産されるキャラコは、ヨーロッパ各地で輸入禁止の動きが出るほど、破壊的な影響を与えていきます。ヴェルナー・ゾンバルトの『恋愛と贅沢と資本主義』が欧州内の綿製品利用動向に詳しく、本書『 東インド会社 』は欧州への綿製品輸出動向に詳しいと対比することもできますね。

アジアの織物とヨーロッパ各国の織物との確執・変動が面白く読め、遠隔地貿易、関税、産業革命などから経済学が発展した素地を『東インド会社』は教えてくれます。ついでに、『東インド会社』は茶をめぐる動向にも詳しく、紅茶好きの方にもお勧めです(笑)。

「インドのマラバル海岸にある東インド会社の港 ボンベイ 、1755年。同社の貿易船は前景はもちろん、岸壁の倉庫とビルの後方にもあります。ボンベイは、1661年にポルトガル人からチャールズ2世へと引き渡されました。この引き渡しは、キャサリン・オブ・ブラガンザ(チャールズ2世の王妃)の持参金としてです。1668年にチャールズ2世はボンベイを東インド会社に年間1,000万ポンドでリースし、同社は1687年に本部をボンベイヘ移転しました。」 “Bombay, the East India Company’s port on the Malabar Coast of India, 1755. Company trading vessels are in the foreground and quayside warehouses and buildings behind. Bombay was ceded by the Portuguese to Charles II of England in 1661 as the dowry of Catherine de Braganza. In 1668 Charles leased it to the East India Company for an annual payment of £10, and the Company moved its headquarters there in 1687.

浅田實『東インド会社─巨大商業資本の盛衰―』講談社現代新書、1989年。

東インド会社 : 目次

  • はじめに─東方への誘惑
  • 相つぐ東インド会社の設立(カザ・デ・インディア、オランタが先かイギリスが先か、世界最初の株式会社、「黄金の世紀」と「かつらの世紀」、イギリス東インド会社の出発、フランスその他の東インド会社)
  • 胡椒香料の輸入(売れなかったイギリス毛織物、胡椒と調理法、オランタとスパイス、オランダの意図、蘭英東インド会社合体交渉、アンボン事件、オランタの全盛、クロムウェルの改組、オランデの胡椒独占阻止へ、香料胡椒時代終わる)
  • キャラコの輸入と重商主義(英蘭戦争、オランダとキャラコ、イギリスとキャラコ、キャラコの特質、なぜイギリスにキャラコが、キャラコ熱、キャラコ論争はじまる、パンフレット合戦、キャラコ禁止法、キャラコ使用禁止法)
  • 巨大株式会社(商業革命、商業革命と東インド会社、巨大会社と高配当、会社資産の増加と配当金、株価配当金と投機的性格、八人の大株主、キャンプル性の強い株取引、無冠の帝王ジョサイア・チャイルド、名誉革命、二つの東インド会社)
  • 会社の組織と輸入商品(合同東インド会社、民主的な株主総会、取締役会、各種委員会、事務局のスタッフ、ロンドンでのせり市、輸入アジア商品の販売、貿易商品の構成)
  • 南海会社(1710年ころの東インド会社、好調な営業実績、世界各地との貿易が盛ん、ダニエル・デフォーと南海会社、「南海会社」の出発、南海会社の貿易と金融業、ロー・システムと南海会社、南海会社と国債の引受け、イングランド銀行の反対と議会対策、南海計画法案の可決)
  • 南海景気と恐慌(投機的操作のはじまり、議員と大臣の買収、株価の上昇─南海景気,、南海株の天井、東インド会社株などの値上がり、泡沫諸会社設立ブーム、南海会社株価の急落、大恐慌─被害をうけた人びと、ウォールポールの後始末、東インド会社との関係)
  • 茶の輸入と中国貿易の開始東インド会社と南海事件、ウォールポールの関税改革、王女・女王と茶、東インド会社と茶、高い関税(消費税)と茶の密輸、中国貿易の開始と茶、コーヒーと東インド会社、商事会社としての繁栄、東インド会社株の人気、外国人投資家の活動)
  • ネイポップの時代(プラッシーとブクサールの戦い、徴税権による収益、株価の急上昇とノースの規制法、総督へ─スティングス、ピットのインド法、トマス・ピットの活躍、ネイボッブ(インド成金)、政界と東インド会社、ネイポップ─インドでの生活、ネイポップの財産)
  • 商事会社から楢民地支配者へ(「恐喝」と「掠奪」、インド人傭兵「セポイ」、東インド会社軍、征服戦争と東インド会社、イギリスの産業革命、機械の勝利とインドの現実、インド貿易の独占廃止、対中国貿易の開放、席敗選挙区と東インド会社、選挙法改正)
  • 東インド会社の解散(シンガポールと香港、東インド会社統治の限界、セポイの大反乱、セポイ軍,デリーヘ、東インド会社の解散、インド帝国の成立)
  • あとがき

浅田實『東インド会社─巨大商業資本の盛衰』講談社現代新書、1989年。

 

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