パンツが見える。 : 羞恥心の現代史

パンツが見える。

パンツが見える。 : パンツを穿くという習慣が近代以後の現象だという点をさまざまエピソードを交えて書いています。著著『ミシンと衣服の経済史』で使いかけて止めた本です。一応、学術書として出版するので、さすがに恥ずかしいという理由から。作られた伝統(伝統の創造)を聞いたことのある方々にとっては、その一類型に過ぎない面もありますが、意外に知られていないエピソードも多いと思います。

パンツが見える。 羞恥心の現代史

パンツが見える。 羞恥心の現代史

近代化と習慣

周知の通り?、羞恥の通りと書くべきか、前近代の日本では他地域同様に下着を穿くという習慣は少なく、19世紀後半から少しずつ増え始め、高度成長期頃には、ほとんどの人が下着を穿く習慣が形成されました。幕末開港期に来航した諸外国の人々が書き残した記録や日記では、しばしば、≪文明国になると宣言している日本の庶民がうずくまると局部がみえる!≫と言って驚いています。

と、ここで原稿を検索し直すと、実は一か所で使っているではありませんか!簡単に要約しますと、衣服史研究でよく取り上げられる鹿鳴館の貴婦人の洋装化は、旧消費税3%にも満たないような連中を対象としたものであって、妥当とはいえません。

日本人庶民の裸体生活を撲滅すべく1871年に「裸体禁止令」が公布されるのですが、外衣が着用される習慣は進んだものの、1960年代になっても女性が普段から下着を穿かない習慣は残っており、また農村では立小便をするといった光景が一般的であったという事実が、本書では指摘されています。パンツを穿くということを覚える意味での近代化は実に1世紀かかったということになります。

面白かった点

あと、言われてみればおっしゃる通りというエピソードで勉強になった?のは、宝島社が1999年に創刊した『Sweet』という雑誌の車内宙吊りポスターの話です(第2章 パンツをはかなかったころの女たち)。「ルール違反」が新しい流行の始まりだということで、男性トイレの小便器に向かい6名の女性が立小便をし、1名の女性がその後ろを立ち去る写真がありました。それを取り上げ著者の井上さんは≪女が立小便をするのは、決まって後ろに向かってのはずだが、この写真は向きがルール違反になっている。ポスター制作者はそれを知っていたのだろうか」と、言葉巧みに指摘していました。

だから何やねんというエピソードでもあるわけですが、実際の習慣に照らしたとき意外に外れているというのは、広告であったり学問であったりするわけですね。

井上章一『パンツが見える。―羞恥心の現代史―』朝日選書、2002年

 

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