彼女について私が知っている二、三の事柄 : 概要とパリの意味

彼女について私が知っている二、三の事柄 : 概要

彼女について私が知っている二、三の事柄 (ジャン=リュック・ゴダール監督)は、1960年代パリの都市再開発と、分断されて枯れ切った住民の生活とを、マリナ・ヴラディという主婦の日常から描いたです。主なテーマは、ベトナム戦争時代のアメリカ、生活必需品の高騰、仕事・失業、背伸びした都市生活を目指したり、生活不安定や貧困を打開したりするための売春、コンクリート・ジャングル、希望なき結婚生活、上の空の子育て等です。荒みつつ疲れつつも自己問答をするマリナ・ブラディの冷たくやつれた表情が印象的。

ジャン=リュック・ゴダール『彼女について私が知っている二、三の事柄』フランス、1967年

Jean-Luc Godard, 2 ou 3 choses que je sais d’elle, France, 1967.

主演のマリナ・ブラディという名の女優

ミケランジェロ・アントニオーニの『欲望』は1960年代ロンドンの都市再開発下における若者たちの反抗を、男性カメラ・マンを主役に添えて性的な点から捉えたものでした。これとは対照的に、ジャン・リュック=ゴダールの『彼女について私が知っている二、三の事柄』は先に書いたように主婦マリナ・ヴラディ(Marina Vlady)を主役に添えて性的な点から捉えます。この映画の冒頭でゴダールは「彼女について私が知っている二、三の事柄/彼女とはパリ首都圏」と主題を設定します。パリの整備拡張計画が続いて映し出されます。少し経つと「彼女とはマリナ・ブラディ/女優だ」と展開します。これが2つ目の主題です。いわば、女優の生活拡張計画がパリの整備拡張計画に重ねて描かれていきます。

彼女について私が知っている二、三の事柄 彼女(パリとマリナ・ヴラディ))について私が知っている二、三の事柄 (c) 1967 - ARGOS FILMS - ANOUCHKA FILMS - LES FILMS DU CAROSEE - PARC FILM.
彼女(パリとマリナ・ヴラディ)について私が知っている二、三の事柄 (c) 1967 – ARGOS FILMS – ANOUCHKA FILMS – LES FILMS DU CAROSEE – PARC FILM.

主演のパリという名の女性

パリが女性として描かれたのはゴダールに限りません。そもそもフランス語のcapitalにはLa Capitale(ラ・キャピタル)とLe Capital(ル・キャピタル)があり、前者は首都を意味し、後者は資本を意味します。絵の事例を挙げます。アメリカの地理学者デヴィド・ハーヴェイは『パリ』で次の絵を挿入し、「パリはしばしば女性として表象される。ここでは縛り付けられ、無数の建設労働者たちが群がったものとして描かれている」と説明を加えています(図ともに、デヴィッド・ハーヴェイ『パリ―モダニティの都市―』(大城直樹・遠城明雄訳、青土社、 2006年〔原著2003年〕、339ページ)[amazon書店へ]。

「パリはしばしば女性として表象される(デヴィッド・ハーヴェイ『パリ―モダニティの都市―』339ページ)。
「パリはしばしば女性として表象される」デヴィッド・ハーヴェイ『パリ―モダニティの都市―』339ページ。

ミシン工の女子がパリで暮らす

道路工事・自動車道路の場面がたびたび挿入され、立ち入り禁止と騒音の角度から、絶え間ない都市再開発が描かれます。後にマリナ・ブラディと知り合いになる若い女性が《お決まりの話》として登場します。アパレル産業でミシン縫製工として働いてきた女性です。話は、こうです。

ミシン工の試験に合格して工場に入る

男に騙され 子供が生まれ 捨てられる

1年後 別の男と 同じことをくり返す

(中略)やがてお人好しの男と結婚して

アパートに住むが 家賃は高い

3人目の子供で 万事休す

彼女に 売春させるのは 夫自身なのだ

この映画では、価格高騰や低賃金労働が都市生活の問題として描かれているよりは、都市問題自体として描かれているのが興味深いです。都市に暮らす数万人の人間を消費者として捉えるだけでなく、生産者(または労働者)としても捉えています。生産と消費が結びついた、語彙と構文で満たされた従来の都市が変容する最中、マリナ・ブラディは未来の都市を「もう、誰にも分からない。過去の語彙の豊かさは失われ」、都市の果たした創造的役割は終了し、テレビやラジオという新しい語彙や構文が創造的役割を担うようになると感じます。情報媒体の普及と都市の変容が共時的に捉えられています。マリナは、ベトナム戦争帰りのカメラ・マンの買春客について「1966年8月17日 ヨーロッパにて アジア人の事を考えられるなんて」と不思議そうに感じます。夫がベトナム戦争に関するニュースをラジオで聞くのと同じく、それは情報媒体の普及がなせる技。

彼女について私が知っている二、三の事柄 生きた人間はしばしば既に死んでいる。
生きた人間はしばしば既に死んでいる。2 ou 3 choses que je sais d’elle (c) 1967 – ARGOS FILMS – ANOUCHKA FILMS – LES FILMS DU CAROSEE – PARC FILM.

都市から分断されたマリナ・ブラディは生活の欠落を感じますが、何が欠落しているのかは分かりません。そのため理由なく不安になり、始終、アイデンティティ問題を考えます。私は誰か、妻、母、娘、女。そして労働者の可能性を模索します。しかし出発はあくまでも生活者としての欲望にあります。「欲望の対象が分かっている時もあれば、分かっていない時もある」。ここに主婦が買物をしたり売春をしたりする理由なき理由があります。

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2 ou 3 choses que je sais d’elle (c) 1967 – ARGOS FILMS – ANOUCHKA FILMS – LES FILMS DU CAROSEE – PARC FILM.

彼女について私が知っている二、三の事柄 : スタッフ

Costumes : Gitt Magrini(ギット・マグリーニ)

ジャン=リュック・ゴダール『彼女について私が知っている二、三の事柄』フランス、1967年

Jean-Luc Godard, 2 ou 3 choses que je sais d’elle, France, 1967.


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[投稿日]2017/01/27
[更新日]2017/06/12