マタ・ハリ : ギルバート・エイドリアン衣装

マタ・ハリ : ギルバート・エイドリアン衣装

マタ・ハリ (ジョージ・フィッツモーリス監督)は、ギルバート・エイドリアンが衣装を担当し、グレタ・ガルボが主演した映画です。 1931年にアメリカで公開されました。パラマウント映画社が公開したマレーネ・ディートリッヒのスパイ映画「間諜X27号」に対抗して、MGM社はグレタ・ガルボ主演のスパイ映画「マタ・ハリ」を同年に公開しました。

ミニ・スカートの考案者 : クワントかクレージュか

ミニ・スカートの考案者 : クワントかクレージュか

ミニ・スカートの考案者はイギリスのマリー・クワントだと言われ、1958年頃に最初のミニ・スカートを販売したようです。他方で、マリー・クワントはアンドレ・クレージュ のミニ・ドレス発表後にロンドンのジンジャー・グループ社が模倣し、マリー・クワントの名前で売りだしたとも言われています。ミニ・スカートを取り巻く、マリー・クワントとアンドレ・クレージュの関係はどうなっているのでしょうか。

ゼファー : zephyr

ゼファー : zephyr

ゼファー zephyr は、西風、微風(そよ風)、軟風の意。この意味から、ファッションでは、ごく軽い材料で作られた衣類・織物を指します。特に、婦人用ブラウスや、スポーツ用の軽いニットのセーター、バスローブなどが代表的です。

ニュー・キモノ

ニュー・キモノ

ニュー・キモノとは、新たな発想で制作された現代和服の総称です。ニュー・キモノが着物として認識されるのは、着物の普遍要素・不変要素たる、袂のある広袖、平肩の袖(連袖)、打ち合わせの裾を含むためです。

和装の洋装化 : 羽織と下着の登場

和装の洋装化 : 羽織と下着の登場

このページでは、羽織、20世紀前半の下着、現代の下着の役割について 和装の洋装化 から考えています。20世紀になると、19世紀和服(着物)の持っていた綿入の習慣が消滅し、着物は薄着になりました。それに伴い、羽織やコートを着る習慣、および下着を付ける習慣が形成されました。

アイリーン・レンツ : MGM ギルバート・エイドリアンの後任

アイリーン・レンツ : MGM ギルバート・エイドリアンの後任

アイリーン・レンツ は、アメリカのサウスダコタ州ブルックリンに生まれのファッション・デザイナーです(1901-1962)。1927年、20代半ばにロサンゼルスに出て、ウォルフ・スクール・オブ・デザインへ通い、音楽を専攻しました。後にMGMの主任ファッション・ディレクターを勤めました。

セシル・ビートン : フォトグラファー & ファッション・デザイナー

セシル・ビートン : フォトグラファー & ファッション・デザイナー

セシル・ビートン はイギリスの写真家、ファッション・デザイナーです。セシル・ビートン は写真家として、映画衣装デザイナーとして、ハリウッドを拠点に大活躍しましたが、たった一つ後悔したことがあると言います。グレタ・ガルボの衣装をデザインしたことが無いということでした。

着物の写真 (1933年)をみて思うこと…

着物の写真 (1933年)をみて思うこと…

経済史、日本経済史などの研究で写真を安易に使うと、非常に恣意的で客観的では無いことが生じます。その事例として、ペネロピ・フランクスの論文を紹介しつつ、批判いたします。1920年代・1930年代の女性の姿勢はまだ、前近代を引きずっています(猫背など)。したがって、洋服を着ることで発生する「感覚疲労」を持っていたはずです。ですから、休みの日は繁華街へ(制約の小さい)和服・着物でショッピング、というプランが成立すると考えられます。